形意拳術

八大弟子の長兄『車毅斎』

 車永宏、字を毅斎、生没年は1833年―1914年とされ清代の道光帝の時代から民国の初期にかけて活躍しました。山西省太谷県桃園堡で生まれ後に賈家堡に移り住みましたが、幼少の頃は家が貧しかったために学校に通えず、裕福な家の車夫として働いていました。その後李洛能に拝師し形意拳を学び、李洛能が山西で教えていた初期の有名な弟子になりました。その拳技は飛びぬけており、炉火純青(完璧な状態)に達していたとされています。

 李洛能が河北省に戻った時、車毅斎を戴文雄に託して学習を続けさせました。戴文雄は生前に乾隆43年に戴龍邦が作成した『心意六合拳』を重訂したものを車毅斎に与えたため、車毅斎は戴氏心意六合拳の真伝を受けました。故に現在の車氏形意拳は形意拳の風格を保持しつつまた戴家拳の特徴を持ち、内容も充実しています。伝承によれば李洛能が河北省に帰った時、伝えられたのは僅かに五行拳、五行連環拳と十二形の半数しかなく、後に河北派形意拳の名家は残りの十二形を学ぶために山西省に赴き続け、車毅斎と深く議論し研究しました。

 李洛能はかつて同じく形意拳の巨匠である郭雲深に「あなたは名声を得ましたが、あなたの二番目の師兄である車師兄と比べるとまだまだ及びません。」と言ったところ、郭は心中不服に思い、師兄と技を比べたいと願いましたが、李は「私が生きている間には行ってはならない。」と言いました。そのため、李洛能が世を去ってから山西に赴き、師兄の車毅斎を探し武芸を比較したという事実があります。郭は納得し車師兄と共に形意拳を研究し、後に功夫はより一層成長し、一代形意拳大師と成りました。郭の後には李太和、李存義、郭殿琛、王俊臣、王福元、孫禄堂などが山西省を訪れています。車毅斎の武功は卓越しており、武術の腕前と高い道徳心を持ち、やがて山西派形意拳の一代宗師と成りました。車毅斎の有名な弟子には、李复貞、樊永慶、李発春、劉倹、布学寬、呂学隆、王風翔、白光普、武杰、孟天錫らがいます。  

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